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仕事、投資、技術メモ、オカルト、その他クソミソな趣味や日常についてあれこれ綴る、日記帳というより雑記帳。忘却の彼方に置き忘れた夢と情熱を求めて彷徨中。

アメリカンドリームの跡

Daily

東京潜伏期間の最期の夜を過ごしている。
せっかくの東京出張だというのに雨脚が絶えず、
僕の外出意欲を容赦なくそぎ落としていったが、
シルバーウィークを仕事に費やした僕と違って
楽しい旅行中の人々の心中を思うと少し気も晴れた。

願わくば、この暗雲は明日の仕事への暗示ではなく、
システム地固めの予兆であってほしいと切に思う。


本来なら今頃、別の案件にアサインされて
米国サンフランシスコのベンチャー企業に赴き、
バリバリ暗号通貨の技術研究をする予定だった。

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誤算があったとすれば、その研究開発をする
技術・能力が僕にはさっぱりなかったことだ。
くっそー、悔しい。

そもそも僕の語学力は、かつてシンガポール
行った時も英語をほとんど使わず、基本的に
指さしという超絶原始的なジェスチャーで強引に
乗り切ったレベル。日常会話すらままならない。

それでも行けばなんとかなるとタカを括っていたが、
まさかそれ以前の問題だったとは。自分のスペックを
棚に上げてよくもまぁ応募したものだ。我ながら、
自分の図々しさにはほとほと呆れた。


今回の案件がぼちぼち終焉を迎えるのもあり、
僕の仕事に対するモチベーションをどこに向ければ
いいのか、今は若干中だるみの期間である。
どうせすぐに別の案件に駆り出されるだろうけど。

本業、ビジネス、ペーパー、不動産…
どこに注力しようか。選択肢があるのは素晴らしい。
まぁ、今週末からはしばらく会社を休むので、
そこでゆっくり今後の展望について考えたい。

長き流転の物語終局

Employed

昨年の初夏頃から参画していた案件が、
もうじきめでたくカットオーバー(運用開始)。
感無量。万感胸に迫るというものだ。

大型規模の案件という事もあり、長い戦いだった。
思い起こせば色々なことがあったなぁ…

現行のシステムの糞さ加減に嫌気がさしたり、
深夜残業やタクシー帰りを余儀なくされたり、
なぜかインフラ関連作業を押し付けられたり、
プロジェクトの半ばで何人か死者*1が出たり、
忙殺されてる中で別の案件の作業を振られたり、
何度となく客先のマシン室へ出向いて疲弊したり、
出張先の中国大連の空気の悪さに体調を崩したり、
ってあれ。トラウマだらけじゃん。ああつらかった。


こういう風に書いてしまうと犬も食わないような
愚痴にしかならないので、よかったことも書く。

まずはチームのメンバー。

今回の案件では僕はリーダーの立ち位置ではなく、
ただのイチ要因としてアサインされたわけだが、
チーム内のメンバーはみんな本当に優秀で、
僕が行き詰った時は何度も助けてもらった。

チームを統括していたマネージャーも有能で、
残業が慢性化することもなく、比較的穏やかな
稼働時間だったように思う。これもひとえに
マネージャーの手腕のなせる業だろう。
追い込みの時は本当にきつかったけど。


それから、僕の成長という観点から。

僕は基本的にアプリエンジニアという立ち位置だが、
今回の案件では、現行の古い言語から脱却し、
新しい言語を学ぶきっかけになった。

「言語の書き方なんて、どれも似たようなもんだ」
という言説もあるがそれについては意義を唱えたい。
COBOLJAVAの書き方は一緒だろうか?
VB6とVB.NETの書き方は一緒だろうか?
僕は今回、仕事を通してそれを嫌というほど味わった。

また、アプリ以外の部分、例えばデータベースや
ネットワーク周辺の仕事に携われたのもよかった。
エンジニアたるもの、やはりインフラ周りにも
強くなければならないのである。

それに、プロジェクトの推進方法や管理手法、
顧客との調整事やお作法について、今回のような
大型案件で学べたのは大きい収穫だったと思う。
優秀な人間を間近で見てそのやり方を学べるのは、
いい環境だったのではないかと思う。


最後に、仕事に対する考え方について。

僕は基本的に愛社精神などという殊勝なものは
カケラも持ち合わせておらず、つま先から
頭のてっぺんまで自分本位の人間である。
仮に、明日から会社がなくなったとしても
僕はそれほど困らないし嘆きも悲しみもない。

それでも僕は、一つの大きな目標に向けて
仕事を成し遂げる仕事の楽しさを感じた。
(もちろん不満や苦悩も大いに感じたが)

会社員というのは交換可能なコマとして
扱われがちだし、その認識に僕も齟齬はない。
しかし、それが例え刹那的な需要だったとしても、
自分の能力が必要とされ、期待を寄せられ、
それに応えることができる環境というものは
素晴らしいものだと感じることができた。

現状の不満をただ嘆くばかりの人間のつまらなさ、
浅ましさを今回の1件で垣間見ることができたし、
どんな仕事でもやりがいは確かにそこにあって、
楽しみながら邁進できるものだということを
感じるのには十分な時間だった。


さてさて。

今回の案件は、現行の古い基盤を丸ごと刷新し、
新しい基盤へ移し替えるというものだ。
これだけ丹精を込めて作り上げたシステムだ。
今よりもずっと良くなってくれていると思う。

そんなことを今、東京の潜伏先で考えている。
このシルバーウィークを惜しみなく出勤して作業し、
完了した今は何とも言えない倦怠感に包まれている。

連休明けにカットオーバー(運用開始)を迎える。
感無量と言うよりも、実は戦々恐々としている。
そっちのほうが事実。一体どうなることやら。

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(「おそ松さん」より)

*1:ほんとに死んだわけではない

剿絶ロワイヤルの誓い

Employed

僕はシステムエンジニア
もといプログラマである。

システム開発の仕事をしていると、
技術的なハードル以前に、社内の
政治的・対顧客的事情により
「したいことができない」
ということが往々にしてある。

主に、
改修に次ぐ改修により無理が祟りまくった、
煩雑化されたスパゲティ状のプログラムの整理、
およびそれに付随するドキュメントの整理

である。

ソース上の汚いコメント、
共通化されていない構造、
意味を成していない設計書…

直したいものは山ほどあるが、
そんな時言われるのがこんなことだ。

  • もうお客様への納品が終わったから
  • そんな修正をするための工数はないから
  • それで何かあったらお前責任とれんのか


ふむふむ。
僕も僕でそういったどうにもならない事情が
あるのは理解しているつもりだが、目の前に、
歪に育ってしまったプログラムソースがあり、
解決方法が分かっているのに何もできない
もどかしさ、自分の無力さに涙が出そうになる。


僕は、真鍋宏史さんが書かれている
はてなダイアリーアスペ日記」が好きで、
更新を心待ちにしている。

真鍋さんはGoogleWeblioを経て今は
どこぞの研究所で働かれている生粋の技術者。
趣味は外国語で、マルチな能力が羨ましい。

そんな真鍋さんが、GoogleWeblio
退職された時のエントリーに、技術者としての
矜持について書かれていた。


~「Google辞めました」より~

ベータ版が出てから、私はそれに致命的な欠陥がある(少なくとも自分にはそう感じられる)ことに気がついてしまった。たとえると、味噌汁にだしが入っていないようなもの。もっとも基本的なレベルの問題。そのことに気づいてから周りにそのことを伝えたが、反応は薄かった。

最初に辞めようと思ったのは、直接的にはこのことが原因だ。自分で積極的に関わろうとしなかったことへの悔恨。自分にとって重要なことが重要視されないことへの絶望。何よりも、欠陥製品(と思えるもの)を世に出してしまったことに対する自責。

Google は、いろいろな意味で待遇はよかった。福利厚生・給料など、具体的な話はしないが、まあ申し分なかった。それで、「どうして辞めるのか」ということを、妻をはじめ、いろいろな人に聞かれた。

それは、本当につらかったからだ。たとえて言えば、猫好きな人が、猫を処分する職場で働くようなものだ。その人の立場で、「職場が福利厚生が充実していて給料がいいから我慢して働こう」という気分になるだろうか。

こういうたとえをすると、中の人は不快になるかもしれない。しかし、これは自分にとっては、切れたばかりの傷跡のような、生々しい感覚だ。こう感じるようになったことは不幸な巡り合わせだったと思うが、それはもう起こってしまったことだ。それを書くことは悪いことだとは思わない。書くことによって、誰かの何かの参考になるかもしれないと思う。Google にとっても、たとえば「社風に合わない人間を雇わないほうがいい」といった教訓になるかもしれない。

 

~「いい話(ウェブリオ辞めました)」より~

プログラマは黙ってコード書けよ」みたいな考え方がある。だが、ぼくはそういう言説とは全力で戦っていく。

確かに、努力をあきらめてのらりくらりと生きているようなプログラマもいるのかもしれないが、能力の範囲内で精一杯頑張って、それでももがいているプログラマも数え切れないほどいる。人間の生まれ持った能力は違うし、抱えているハンディキャップも違う。運良くパラメータと環境が揃った人間だけが勝ち組になれるなんて、いくらかっこつけたところで、原始時代と同じじゃないか。

プログラマがものを考えないでいると、ごく一部のトップ以外は、会社に交換可能な部品と見られて底辺を這いずることになる。ぼくはそれをこの会社で実感した。

自分が機械にならなくても、好奇心を持って果敢にチャレンジすることで生産性や信頼性を上げることができるのが、プログラマという職業なんじゃないだろうか?

トップレベルの人材でない限り、健全さ・好奇心・向上心・余裕・人間としての尊厳といったものは贅沢品にすぎないんだろうか。ぼくはそうは思わない。現時点では、そういうものが持てる健全な会社はごく一部で、トップレベル人材の分の場所しかないかもしれない。でも、その健全さは「頑張ったご褒美」として与えられているものではなく、それ自身が成長力につながっているはず。だとしたら、そういう会社が勝つことによって、よりよい環境が増えていくんじゃないだろうか。そのためには、プログラマの行動が必要だ。

プログラマが、人間として頭を使って考えること。プログラマが、いる場所・いた場所の情報をオープンにしていくこと。プログラマが、いるに値しない場所から勇気を持って去ること。

プログラマの環境を改善するには、これらが大事だと思っている。少しずつでも下のレベルにまで健全さが波及するよう、市場の力が働いてほしい。

 

僕は真鍋さんほど優秀な人間ではないけど、
技術者の尊厳については理解しているつもりだ。
(Web系とSierじゃ業種が全然違うけど)
だからこそ、できないことが多いと本当に辛い。
残業や休日出勤くらいは全然平気な僕も、
汚いプログラムは見るに堪えないほど辛い。

次期開発があったらリーダーに買って出て、
今回の開発で遺してしまった負の遺産
必ずや根絶やしにしようと思う。

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こんな風にな。

幸せに、なれますように。

Daily

転売という怒涛のサイドビジネスに専念していたため
週末の休みも休みらしい休みを過ごしたことが最近は
全くなかったが、今日は久々にゆっくり過ごした。

昼は大阪城北詰らへんにある
「蕎麦とラー油でコウなった」
というファンキーな店に行った。


食レポは苦手なので多くは語らないが、
ざっくり感想を言うとむちゃんこ美味かった。
なるほど、蕎麦とラー油が合わさるとコウなるのか…
並盛も大盛も特盛も値段が同じなのが嬉しい。

「ごちそうさまでした~」と言って
店を出ようとすると、普通の店なら
「おおきにどうも!」とか
「ありがとうございました!」とか
「またのご来店をお待ちしてます!」とか
言いそうなもんだけど、この店は一味違う。

「ありがとうございました!
 お幸せに!」

なんということだ。
たった一度、気まぐれで店に足を運んだだけの
どこの馬の骨ともわからない唐変木のような男の
幸せを願ってくれるなんて。そんなこと言われたら
また行きたくなってしまうではないか…!


たいへん気をよくした僕は、大阪のオタクの聖地、
日本橋オタロードへ向かった。普通に用事が
あったのと、転売の品定めも兼ねての行動である。

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アニメイトやらメイド喫茶、PCショップが立ち並ぶ
ケバケバしい道を抜けてどんどん奥へ進むと、
昔ながらの電気屋や玄人向けのカメラ屋などが
そこかしこに存在していることを今日初めて知った。

勝手知ったる街だと思っていたが、この街には
まだまだ知らない財宝が眠っているようだ。


しかし、僕もオタクと言えばオタクだけど、
この街の住人のようなプロのオタクではない。
にわかオタク、いや、ファッションオタクと
言ったところだろうか。なんとも情けない。

ほんとに、プロのオタクっつーのは、いったいなんで
こんなに金を持ってやがんだ。侮れん。
オタクが経済を回しているというのも、
あながち大袈裟ではないような気もしてきた。

お金を落とすターゲットの絞り込みと言えば
「美や健康に気を遣う女性」と
「出費を惜しまないオタク」というのが
テッパンだけど、しっかり戦略を練った上で、
いつかちゃんとwebビジネスをしようかな。


あー、なんというか、ただ日常をつらつらと
書き殴るだけのブログっていいな。久々だわ。
コウいう文章になっちゃうんだけどね。誰得なんだか。

ではでは皆さん、お幸せに。

面白きこともなき世を面白く

Daily

大丈夫です。私は元気に生きています。
誰とはナシに生存報告したい気分である。

ブログをサボりまくって全力で日々の稼業に
没頭していた。このブログは僕の稼業ではないにしろ
継続的に続けていきたいライフワークである。
なんやかんやとよくわからない言い訳をして
おざなりにしていいものではないだろ。そうだろ。


僕が敬愛してやまないフミコフミオさんという
ブロガーの方も、以前まで執筆用ガラケー
故障に伴いやむなく執筆活動を休止されていたが、
先日それほど劇的でもない復活を遂げられた。

delete-all.hatenablog.com


嬉しすぎて思わずグリーンスターをつけてしまった。
僕にとってはかなりの大奮発である。先生も
執筆を再開されたことだし僕も再開しようかな。
こうやって人の行動を基準にするのは最も忌むべき
浅ましい行為だが、むべなるかな、と言ったところか。


いつか誰かが言っていた。

「ラットレースを抜ける時って、物凄いよ」

ラットレースを抜ける、要するに、
月々の支出を不労所得が上回り、
給与所得の呪縛から解放された状態である。
しかし、物凄い、というのは一体なんなんだ。
その時の僕にはさっぱり分からなかった。
でも、今ならそれが、ほんの少し分かる気がする。

本業とは違う別の収入源を確保しようとするとき、
人はとにかく、とてつもないエネルギーを使う。
休む間もなく傾倒し、それが楽しくて仕方がない。
ワーカーホリックというよりも、
ランナーズハイというのが近いように思う。
要するに、完全にラリってる状態である。

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※イメージ


ただ、ひた走るだけでは時々疲れてしまう。
そんな時、少し冷静になって
「幸せって、一体なんなんだろうな…」
という、ある種の原点回帰ともいえる
厨二的・哲学的な自問自答をしてしまう。

世界を買えるくらいの金持ちになる事?
ライフワークに命を燃やして生きる事?
恋人や家族と楽しい時間を過ごす事?
慎ましやかな一般中流家庭を築く事?

分からない。
僕は幸福度の基準が人よりだいぶ低いので、
土日をゆっくり過ごせることや、やよい軒
カツ丼が美味しかったりするだけでも僕は
そこそこの充足感が満たせる男なのである。

それでも今こうしてランナーズハイで
ラリってまで奔走している理由は、
老後不安の解消や死生観の調整といったところか。
でも、自問自答して突き詰めると、
「つまるところ何もしなければヒマだから」
という理由が大きい気がする。


人間五十年。
人生は死ぬまでの暇つぶし。
人の寿命の長さは人生の価値とは関係がない。
いかに面白くヒマを潰せたかに価値を感じる。

そんな風に思う僕は、明日からも
有り余る人生のヒマを潰しながら
楽しみながら生きようと思う。

そしてなるべくブログも更新しようと思う。

本当に、誰とはナシに報告したい気分だ。

事実は小説よりも奇なり

Occult

最近は小難しく独善的な記事ばかりだったので、
たまにはオカルト系のエントリーを書いてみる。
とは言っても、このブログのオカルト系は
基本的にただのリンク集もといブックマーク。
完全に自分のためのエントリーなのは
いつも通りである。

今回はおばけチックな話は一切ナシの、
「人間系」の洒落怖シリーズ。だと思う。

生きている人間の方がよっぽど怖い。
そんな風に思えるお気に入りの怖い話。


危険な好奇心

http://syarecowa.moo.jp/126/52.html

言わずと知れた、超有名なマジキチ女の話。
最近の小学校では、子供の安全のために
名札を付けなくなったと聞いたが、これを
読むと少し納得…。犬好きには辛い描写アリ。


地下の井戸

http://syarecowa.moo.jp/186/67.html

ヤクザの末端である運び屋が関わってしまった
首都高環状線に隠された闇について触れる。
真相はサッパリ分からないが超面白い話。
筆者は今も生き延びているのだろうか…


たまげた相談

http://syarecowa.moo.jp/6/691.htm

ある医者のHP掲示板に寄せられた狂気の相談。
相談する方もする方なら、乗る方も乗る方だ。
当事者である子供が不憫でたまらなくなる話。
同じような相談がないことを心から祈る…


嗤う人々

http://syarecowa.moo.jp/160/38.html

プロローグである裏S区の方が話としては
有名だが、個人的にはこちらの方が好き。
九州地方のある部落にまつわるお話。
これは若干おばけチックな要素アリ。


みっつの選択

http://syarecowa.moo.jp/177/8.html

エイプリルフールのくだらないゲームで
一人が語り始めた、退屈しない作り話。
語り手は淡々と話を進めていくが…
いくつもオチがある上に後味が最悪。


生粋のM

http://syarecowa.moo.jp/323/18.html

これぞ性的倒錯、これぞ真正のマゾ
短い上に怖くもないし大して面白くもない話。
人気はなさそうだけど、個人的には結構好き。
若干エロい表現あり。


建前と本音

http://syarecowa.moo.jp/229/2.html

表面上おだやかな人間ほど、裏では
何を考えているか分からない。
これも人間の情念が成せる業なのか…
若干おばけチックな要素アリ。


一途な思い

http://syarecowa.moo.jp/112/20.html

限りなく歪んだ限りなく純粋な愛のカタチ。
狂ってやがる…


さて、色々書いたけど、
これも随時追加予定。

閃光のように

Daily

最近は記事の更新頻度が激減していることを
激しく自覚している。完全に言い訳になるが、
完全にオーバーワークだからである。
本来であれば毎日更新したいんだけどなぁ…


今日は山の日。最近増えた祝日らしい。
本当なら昨日から1週間会社を休んで
ゆっくりするはずだったが、どうにも
業務都合でそうできなかったのが悲しい。
明日も出勤なんてどうかしてやがる。

しかしまぁあれだ。休みだからといって
家でゴロゴロしているという選択肢は
僕にはない。…いや、結果として
ゴロゴロしてしまう日もあるが…


最近は転売案件がいい感じで回り始めた。
実は現在、転売案件を3つ掛け持ちしているという
よく考えたらあり得ないほど過酷な状況下にある。

転売案件のいい所は、自分がちゃんと
動きさえすれば着実に結果が出るところだ。
他のメンバーの都合に左右されたり、
結果が出るのが遅いという事もない。


Eコマースを利用したweb物販のオンライン市場は、
一部では「天空の市場」と言われている。
Eコマースを利用しない直接取引の市場は
大地の市場」と言われているとか。ホンマかいな。

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この二つの市場は時折対比的に用いられる。
大地の市場では自分の行動範囲程度が対象だが、
天空の市場は全世界を対象とするため、
その間口はとてつもなく広い。

ECサイトなんてのは随分昔からあるが、
Amazonヤフオク楽天市場Buyma、メルカリ、
これだけ物販のプラットフォームが整備されている
現在、天空の市場の規模というものは凄まじい。
自分たちが窺い知ることができないほどに、
遥かに巨大な規模にまで膨れ上がっている。


一般に、転売のような天空の市場のみで完結する
ビジネスは、やり方さえ知ってしまえばサルでも
できるほど再現性の高いものである。それだけに、
それでビジネスを語るのは浅はかというものだろう。

ビジネスの中心にはいつだって人間がいる。
「リッチマンプアウーマン」の日向徹が言っていた。
実際その通りだ。お互いの素性が知れない
天空の市場だけでなく、大地の市場でも
結果を出せた時に誇らしげに胸を張るべきだ。

まぁ、OtoO(オンライン・トゥ・オフライン)
という言葉もあるし、それぞれの市場のメリットを
活かして複合的に取り組んでる人は多いと思うけど。


たらたらと書いたが、つまりアレだ。
とりあえず最近は忙しいっつーこっちゃ。

「燃えるように生きて、燃えるように死ぬ」
そんな生き様に、僕は今でも強く憧れる。
閃光のように激しく迸るように生きて、
花火のように煙も残さずに散っていく。
そんな生き方が今の自分はできているのだろうか?

分からない。それでも僕は、今の自分の環境や
不遇を嘆いたり、呪いの言葉を吐くことはやめた。
とりあえず、今を一生懸命に生きることを決めた。
ダイの大冒険」のポップのように。


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(結城さん、画像お借りしました)

何回見返してもやばいな、このシーン。

明日からも、一生懸命生き抜こうと思う。


人はそれを勇気と呼ぶのだろう

Daily

最近やることが多すぎて死にそうになっている。
公私ともに。いや、人生に公私などという
裏表は存在しない気がしてきた今日この頃。

本業の方でも新しい技術の習得が火急の
ミッションとなっており、学ばなければならない
ことが山ほどある。しかもこのミッションは
業務とは別に進めていく必要があるため、
寝る間を惜しんで勉強している状態である。


副業は副業で、ホットなビジネス・投資案件が
相次いでいるため休日もそちらに時間を
使うことが余儀なくされそうだ。
2件目の不動産ももうすぐ建つしな…

加えて、個人で依頼を受けているHP制作の件も、
無事に1件目のカットオーバーが終わった。
喜んでもらえたので製作者冥利に尽きる。
早く2件目の制作にも着手しなければならないし、
マネタイズもそろそろ考えないと…


なんやかんやと、僕の毎日は充実している。
それは多分、最近読んだ本の影響かも知れない。

岸見一郎さんの著書「嫌われる勇気」である。


個人的には、タイトルの「嫌われる勇気」よりも
副題の「自己啓発の源流アドラーの教え」の方が
しっくりくる。コピーライティング戦略が有効なのか
疑問符が浮かんでくるタイトルである。

対話形式でアドラー心理学について説明してくれる
構成となっており、なかなか読みやすい。
知人に紹介されて読み始めたが、学びが多かった。


中でも、
『人生は「線」ではなく「連続する刹那」』
『「いま、ここ」を真剣・丁寧に生きる』
『人生に意味などなく、意味はあなたが与えるものだ』
といったフレーズは、不覚にも結構刺さった。

夢や目標は当然あっていい。
しかし、それに到達できなかった人生が
道半ばの人生なのかというと、きっとそうではない。

「いま、ここ」を真剣に生きてさえいれば、どこで
人生が終了したとしてもそれは幸福な人生であり、
自分自身の人生に意味を与えることもできるだろう。
堀江貴文さんも同じこと言ってたな…)


…書いているとなんか宗教チックな臭いがするが、
まぁ自己啓発なんてそんなものだ。宗教臭くていい。
大切なのは、周囲に嫌われることを恐れずに、
自身が信じたものを最後まで信じ抜くことだ。
きっと、人はそれを勇気と呼ぶのだろう。

さーて、明日も1日頑張るぞい。

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未来はその手の中に

Tech

最近、自分の周りには面白い話が
とんとん集まってくる。
これも朝活を開催していたおかげだろうか。
(HPの受託開発は遅々として進んでいないが)

サイドビジネス関連の話のみならず、
本業の方でも凄く面白そうな案件が
舞い込んできた。


「暗号通貨」
人工知能
「拡張現実」
「宇宙開発」

再生医療
これらの非常に新しいIT分野で、目覚ましい
研究成果を出しているベンチャー企業
出向して共同研究する、という案件だ。

この案件に参画するためには、もちろん
実績、技術、知識、その他語学力等が
否応なしに問われるため、非常に狭き門だ。
アサインされりゃいいんだが…


最近は、IoTやら自動操縦やらフィンテックやら、
ある種の流行りモノと言えるITの分野が
巷で乱立しているように見受けられる。
これからの時代は果たしてどうなるのだろう。

フィンテック絡みの詐欺が横行する危険性もあるし、
テスラの自動操縦の死亡事故も記憶に新しい。
最近流行りの「ポケモンGO」という拡張現実の
ソフトでも、実際に事件が多発しているようだ。


しかしこれらは「産みの苦しみ」だ。
世界は、科学の進歩を止めてはいけない。
今は訝しがられている新しい領域は
未来の形であり、未来の常識になっていく。

20世紀の少年たちが思い描いていた
未来都市も、一部の地域では
いずれ実現していく事だろう。

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※「Cities of the Tomorrow」より拝借


もちろん未来なんて誰にも分かりっこない。
それは堀江貴文さんもお話しされていたことだ。


しかし、間違いなく言えるのは、
時間は確実に経過して、
科学は確実に進歩して、
世界は確実に変化していくという事だ。

何度でも言ってやる。

どんな変化でも、変わっていくことを楽しもう。
そう遠くない未来が明るいことを想像しながら。

フクロのネズミ

Study

久々の更新という事で、
今日は少しネズミの話をしよう。

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(かわいい)

というのは、僕自身ネットワークビジネス
関わってきたというのもあるが、社外で色々と
活動していると、ネットワークビジネス
アフィリエイトとはとても言えないような
酷いネズミ講のような話が絶えないからだ。


皆さんはネットワークビジネス
ネズミ講の違いをご存じだろうか?

ネズミ講ネズミ講たらしめるものは、ひとえに
「実体のない商品」「無限連鎖講」だろう。

ネズミ講は基本的に商品というものが存在せず、
収益モデルとして会員費のみで成り立っている。
創始者の威厳や言葉巧みな儲け話で客を騙し、
実体なき商品(サービス)で金を巻き上げる。

そして、極めつけの無限連鎖講。
「集めたお金は、先に加入した人に際限なく集まる」
というヤツだ。取引の連鎖は末端から頂点まで
続いていくため、儲かるためには必ず先に加入を
しなければいけないという収益破綻モデルである。


対して、ネットワークビジネスというのは
「商品を販売するメーカー」である場合が多く、
「有限連鎖講」という、参入のタイミングに依らず
流通量に対してメーカーから対価が支払われる
仕組みであり、後から加入した場合でも平等に
機会が与えられる形式になっている。

直接販売という、あくまで流通の1形態なのだ。
セールスの手口は割とエグかったりするけど。

その辺の解説は、下記のリンクに詳しく載っている。


ちなみに、ネットワークビジネス
グレーに近いホワイトであるのに対し、
ネズミ講は完全な法律違反である。
大元はもちろん、勧誘者ですら処罰の対象に
なるので、まぁネズミには近づかないこった。


…とまぁ、前置きはさておき。

ネズミ講」の由来は、名前の通り「鼠算」だ。
親から子へ、子から孫へと、ピラミッド式に、
理論上は爆発的に会員数が増えていく様から
名付けられたようだ(ありえないけど)。
この場合はネズミの繁殖力に着目していると言える。

僕が再三このブログで取り上げている
ロバートキヨサキ氏は、恐怖と欲望に支配されて
せかせかと働く人生の罠を「ラットレース」
表現している。これはまさしく、ネズミが
回し車で遊ぶ様を例えに持ち出しているのだろう。

有名な本チーズはどこへ消えた?では、
いち早く変化を嗅ぎ付けて素早く行動する
2匹のネズミ、スニッフとスカリーが登場する。

「ネズミ」というのは、良くも悪くも
「せわしなく動き回る者」をモチーフとして
使用されることが多いように思う。


それを考えると、世の中はネズミだらけだ。
労働に従事するサラリーマンも、
医者も官僚も弁護士もパイロットも、
公務員もニートもフリーターも、
ビジネスに燃えるネットワーカーも、
いくつも会社を経営する実業家でさえ、
僕には等しくネズミのように映る。
(もちろん僕もだ。チュウチュウ)

そこにあるのは、
ネズミ達を束ねて動き回るボスネズミか、
回し車で遊んでる不自由なドブネズミか、
餌だけ食べてゴロゴロする眠りネズミか、
その程度の差なんだろうな。
どれがいいとか悪いとか、そういう話ではなく。
世の中をそう捉えると、なんだか可愛く思える。

明日からも、
ネズミのネズミによるネズミのための世界が
始まろうとしているのか。チュウチュウ。