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仕事、投資、技術メモ、オカルト、その他クソミソな趣味や日常についてあれこれ綴る、日記帳というより雑記帳。忘却の彼方に置き忘れた夢と情熱を求めて彷徨中。

偏執狂の詩

僕がIT業界に身を置いて5年ほど経つ。
その中で、心を病んで会社を去っていく人を
誇張なく今まで何人も見てきた。
時には訃報を聞くこともあった。

その辺の話は下記のエントリーでも書いた。


僕は昔から精神疾患とかその辺の話が好きで、
ときどき本を読んで調べたりもしていた。

アニメの「PSYCHO-PASS」が皮切りになったのか
どうかは知らないが、「サイコパス」という言葉も
人々にバズられ浸透してきているように思う。



今日はサイコパスではなく、
偏執狂(へんしゅうきょう)の話。

偏執病、偏執症、誇大妄想症など様々な呼称があり、
英名では「Paranoiaパラノイア)」と呼ばれる。
統合失調症の病態の一つとしても知られている。

いったんスイッチが入ると
「一つの事に異常なまでに執着する」
のが特徴で、性格というよりも、幾分か
病的なニュアンスが強い(というか病気です)。


それだけ聞くと、まるで犯罪者予備軍のような
危険人物のように聞こえかねないが、普段は
無害でコミュニケーションも取れる場合が多い。
経験上、個性的な人である場合も多いが…

加えて、一つの事にやり抜けるというのは
優れた才能と言い換えてもいいもので、
一つの分野で大成する人も多い。

天才科学者アイザック・ニュートン
天才数学者ジョン・ナッシュ統合失調症
患った人物としては有名なのではなかろうか。
シリコンバレーで成功するのは
 パラノイア(偏執狂)だけだ」
という名言も生まれるほどだ。



まぁ、偏執狂も一つの才能だって話だ。

最近身近でこういう話題が出たので、
今日は病理学的な気分なのである。


以前、教員免許を取得するために
養護学校で実地体験をした日々を思い出す。
その中に、サヴァン(賢人)の男の子がいた。


彼は、教室の後ろに貼られていた、
横軸が学級4クラス・縦軸が担当委員9つで
構成された4×9のマトリックスの中身を、
一瞬見ただけで全て覚えて諳んじてみせた。

当時はむちゃくちゃ感動した。

同時に、それだけでの事をやってのけるのに、
当たり前に思えることができなかったりするのを
物凄く不憫に感じたものだ。


偏執狂もサヴァンも脳の病気だ。
それと同時に個性でもあるのだ。
彼らの脳を通して見えるこの世界は、
いったいどういう風に映るのだろうか。

なんとも言えないデリケートな話題ではあるが、
分け隔てなく住みよい世界であればいいと思う。

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