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仕事、投資、技術メモ、オカルト、その他クソミソな趣味や日常についてあれこれ綴る、日記帳というより雑記帳。忘却の彼方に置き忘れた夢と情熱を求めて彷徨中。

銀色の雨が降ってきたら


「雨が降っても自分のせい」


松下幸之助さんの有名な格言である。
とかくビジネスの世界で引用されがちだが、
僕はこの言葉を初めて聞いたとき、
「素晴らしい心構えだ」と思う僕と
「ふざけてんじゃねえ」と思う僕がいた。

まず前提として、僕は自分を含め、
何か起こった時にいつも他人や環境のせいにする
非建設的で浅ましい考え方は大っ嫌いである。

悪い結果が出た場合に、その責任を違う誰か、
あるいは環境のせいにするのはラクだろう。
しかし、いかなる場合・いかなる状況でも、
本当に自分に落ち度はなかったかを考える事は
今後の自分の成長に繋がるはずで、そこから
新たなアイディアが生まれることもあるはずだ。


責任転嫁は思考停止。
そこに反論の余地はない。

しかし、その考え方を他の誰かに押し付けられる事は
全く別の問題だ。なんでもかんでも全て自分のせいだ
と言われるのは、聞きようによっては極めて傲慢な
考えで、悪意のある人間にいいように食い物にされる
危険性も孕んでいることに気付いてほしい。
そしてその場合も「自己責任」の一言で片づけられる
と思うと、それはちょっと違うんじゃないの、と
反論したい衝動に駆られてしまう。一理はあるけど。

すべて自分のせいだという考え方を強要するのは、
心の弱い人間であれば徹底的に自分を責めさせられ、
卑屈で自虐的な人間になってしまう可能性もある。
新興宗教でよくある洗脳手口だ。

だいたいなんだ、雨が降ったらって。
雨は天の恵みだ、人間が降らせられるわけがない。
それを自分のせいだとする方こそ傲慢ではないか。


本当に、あの松下幸之助さんが、上記の意味で
この言葉を残されたのだろうか?僕には疑問だった。
…と思って調べたら、同じ考えの人いたー!


素晴らしい。禅の言葉の「日々是好日」
晴れの日も雨の日も、それぞれが大切な日々。

「雨だから悪い」のではなく、
雨が降ったことをどう捉え、
その上でどのように事を為すか、
その心構えを説いたのが
「雨がふっても自分のせい」
それが松下幸之助さんが伝えたかった事ではないか。

うんうん、これなら納得。

ちなみに松下幸之助さんは、上記の名言の他に
「雨が降ったら傘をさす」
という言葉も残しておいでだ。


つまり、「何をすべきかは状況に従え」
次々起こる問題を解決していくことの連続で、
自然とビジネスは育っていく、という。

だから多分、「雨が降ったら自分のせい」の解釈は
上記の意味で間違いないと思う。…はずだ。
なーんか、変に曲解されてるとしたら腹立つなー。

人に雨を降らせることなどできやしない。どうせ
降らせるならアムリタ(蜜雨)を降らせてくれ。