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仕事、投資、技術メモ、オカルト、その他クソミソな趣味や日常についてあれこれ綴る、日記帳というより雑記帳。忘却の彼方に置き忘れた夢と情熱を求めて彷徨中。

アンビバレンスの成れの果て

Study

幼少時に親から虐待を受けて育った子が
大人になったとき、その親に対して
どのような感情を抱くのだろう。

かなり唐突な話ではあるが、最近そんなことを
考える機会があったのでちょっと書いてみる。


いつぞやNHKか何かの番組で、虐待を
受けていた子が施設を出るまでの期間
密着取材していた番組があった。

「怖いけど、今でも好き」
その番組の中で、幼少時に虐待を受けていた子が
施設を出る18歳の時に語っていた言葉だ。
虐待を受けた子供の多くは、大人になってからも
こういった感情を親に対して抱くらしい。


ケースバイケースだと思うが、考えてみれば
飽きもせず毎日四六時中虐待を続けていくのは
難しい気がする。その場合子供が死ぬからだ。
そういうニュースは世の中に溢れてはいるが…

虐待を受けて育った、ということは
今なお生き続けているということで、
その場合は、頻度の多少はあるにしても、
虐待は時々にしか行われていないと言える。

そういう親は、何かが切っ掛けで蓄積された
負の感情を解放して矛先を子に向け、
発散後に悔悟の念に襲われ子に謝り、
よりいっそうの愛情を子に注いで可愛がる。
そしてそれを繰り返し、その異常なスパイラルが
自然と常態化されるようになる。
そういう親のケース、多いんでないかな。


この愛情と憎悪が交互に押し寄せる狂った状況は
子供の感情を破壊するには十分過ぎると思う。

自分は親に愛されているし、自分も親が大好き。
時々ひどいことをされるのは自分が悪いからで、
自分のことを想って怒ってくれているんだ。
そう思ってしまうのは無理もない。
幼い子供にとって、頼れるのは親だけなんだから。

虐待を受けていた辛い思い出も多々あれど、
買ってもらったぬいぐるみや、
一緒に遊んでくれたエピソードなど、
楽しかった思い出も消えてくれない。
そんな幼い日の淡い記憶が、大人になってからも
親への複雑な想いを抱かせるのではないかと思う。


今でも親のことが好き。
その感情が正しいのかどうか僕には分からない。
もっと親のことを憎むべきだ、とも思わない。
大人になってその関係が改善された例も聞くし、
今の関係が健全なものであれば何も問題はない。
そもそも僕は門外漢だし口出しする資格はない。
正しさを測るなど傲慢な行為なのかもしれない。
まさしくないない尽くしだ。

しかし、第三者の視点から客観的に見て明らかに
異常と思える親子関係が目の前にあったらどうだ。
口を挟みたくなるのが人の性(さが)ってもんだ。
それでも人様の家庭に赤の他人が
口出しすべきでないと言うのだろうか。

めんどくさいとか怖いとか色々言い訳は立つが、
自分の無力さが果てしなく呪わしい。


世の中には色んな親がいる。
望んでいない子を虐げて育てる親、
服も飯も与えないネグレクトの親、
子離れできず徹底的に甘やかす親、
子供のまま子供の親になってしまった親…

「産んで育ててくれた親に感謝しろ」
一般的な家庭で生まれ育ったにも関わらず
親への感謝を忘れてしまった半グレ
ボーイズ&ガールズならいざ知らず、
恵まれない家庭環境にあった少年少女たちにも
強要するのはひどく暴力的な思想に思える。


…とまぁ、こんな夜更けにつらつらと
長文を書いてしまった。そうして僕は、
幼き日の僕を何不自由なく育ててくれた
両親に感謝するのであった。